- 丸森しるく -
繭と糸

繭と糸

COCOON and YARN

繭と糸

繭ラボ mayu-Labo
「真綿」mawata
 
真綿には「角真綿」と「袋真綿」があります。
繭を煮て、引き伸ばした時に、角枠で成形して乾燥させたものが「角真綿」。
手で袋状に成形し、乾燥させたものは「袋真綿」と呼ばれています。

「繭綿」mayuwata

煮た繭を丸森町では「繭綿」と呼んでいます。

養蚕農家さんは、お蚕さまを大切に育て、立派な繭を生産・出荷されますが、
時に形、大きさが規格外なものや、汚れた繭も出てきてしまいます。

かつて養蚕で栄えていた頃、農家の女性は、
出荷できない繭から糸をとったり、
真綿・繭綿にしてから糸状に紡いで、家族のための衣服として織ったり編んだり、
薄く引き延ばした真綿を何枚も重ねて、半纏や布団に入れたり、
しるくは身近な素材のひとつだったようです。

身近なモノを生かし、知恵を重ねながら、
日々の暮らしを豊かなものにされていたのでしょう。
 
しるくわでも、
先人のその想いを受け継いで、
お蚕さまが命をかけて創り上げる繭を大切に生かしていきたいと考えています。

出荷できない繭を破棄するのではなく、
加工・処理して甦らせる活動を続けています。
糸ラボ ito-Labo
生糸の輸出が日本を支え、「養蚕・蚕糸業」が日本を代表する基幹産業として栄えていた頃、
丸森町でも、養蚕による繭の出荷とともに、製糸も行い、
生糸も出荷する農家が一般的だったそうです。

1886年(明治19年)には、丸森町金山地区に近代的な「佐野製糸工場」が創立され、
約200人の工女が優良な生糸を生産し、国内外にその名が知れ渡ったという歴史もあります。

時代の流れとともに養蚕と製糸の分業化が進み、
「佐野製糸工場」の存在も後押しして、
のち手繰製糸から機械製糸に移行していったと聞いています。

そんな中、農家の女性たちが出荷できない繭を自家用として
家族のために糸を繰る風習は静かに残りました。

今では、昔ながらの糸繰製糸の技術を知る人は、本当に数名になってしまいましたが、
丸森の養蚕・蚕糸業の灯火を次へ継ぐ1つの光と信じて、
残された記憶から、自分なりに丸森らしい糸を探究し続けたいと思っています。

繭から糸をつくるには、
繭を煮て、「座繰り」*1という方法で繊細な糸をとっていく方法と
繭を煮て、真綿や繭綿にしてから、
手足・道具・機械を使って、つむいでいく方法*2があります。

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*1「座繰り」という昔ながらの道具を使った糸繰り zakuri/ traditional silk reeling
 
丸森町に伝わる昔ながらの「座繰り機」を使った糸繰り。
適温で繭を大鍋で煮て、繭1つ1つから、1本の繊細な糸を繰り出し、巻き取っていきます。
 
*2「つむぎ」tumugi(spinning)
 
真綿や繭綿をふわふわ状態にして、手作業で糸状につむいでいきます。
スピンドルというコマのようなシンプルな道具を使ったり、
足踏みの糸つむぎ機、電動の糸つむぎ機もありますが、

糸と無心になって向き合える時間を楽しみながら。
じっくり時間をかけ、手でつむいでいくことが多いです。
 
つむいだ糸は、全てがオンリーワン。

空気を含みながら太くなったり細くなったり、
太さが均一ではなく少し毛羽立ったりもします。
これが、つむぎ糸の特徴で、温かみのある、素朴で独特の風合いを生み出してくれます。
「つむぎ部」tumugi-club
 

宮城県仙南地域の外あそび親子サークル
「やろっこひなっこ」http://yarohinakko.blog.fc2.com/
の部活に仲間入りさせていただいた「つむぎ部」。

おしゃべりを楽しみながら、
子どもたちの元氣な声や笑顔、真っすぐな感覚も感じながら
ふわふわの繭綿を優しく手でつむいでいく時間は、
なんとも心地よいものです。

みんながつむぐ手つきも、
糸の色合い、風合いなどを
それぞれに工夫しながらクリエイトしていく姿も
とても美しくて、いつも感動してしまいます。

丸森しるくへの想いを共感してくれる
つむぎ部の仲間たちとの今後の展開にもわくわくしています。